先日、「時給83円はまだ高給!?障害者作業所の給料が安いワケ」という記事を書きました。
これは、僕がテレビの障害者作業所の特集を見て書いたものです。そもそもなんで、その特集を見たかというと僕自身も、作業所で働いていたこともあって「他の作業所はどんなもんなんだろ?」と興味があったからです。
ですので今回は、自分の働いていた障害者作業所は実際どうだったかについて書きたいと思います。
目次
働くきっかけ
そもそものきっかけは、僕と同じ頚椎損傷の知人に「働いてみないか?」と誘われたからです。
当時、作業所について何も知らない僕は、「アルバイトみたいなものかな?」と考え、給料のこととかも詳しく聞かずにOKをしました。いろいろとお世話にもなっていたので。
そもそも僕の状態も「手足の動かない重度の身体障害者一級でも出来そうな仕事を考えてみた」で書いたような状態だったので、他に働けるところもなく、一度働いてみるのもいい経験になるかもと思いました。
僕がやっていた仕事
その作業所で、僕がやっていた仕事といえば以下のようなことでした。
- ホームページの作成
- 広報誌の作成・編集
- パソコンを使った事務仕事
僕の場合は、手がまともに使えないので、ほとんどパソコンを使ったものです。
他の利用者さんは主に、
- 工芸品や手芸品の作成
- クッキーやせんべいなどの食品作り
などをやっていました。
僕の場合は、訪問看護などの予定がない日のみの勤務だったので、週2回。朝10時半に車で迎えに来てもらって、午後3時半に帰るという約5時間の滞在でした。
作業所の雰囲気
作業所の雰囲気は良いものでした。利用者が、和気あいあいと話をしながら商品を作るといった感じの職場。
職員も、利用者さんのサポートを一生懸命していました。それに加えて、障害者児童のデイケアサービスも並行して行っていたため、ものすごく忙しそうでした。
作業は、昼になると昼食も出て、午後3時になるとおやつの時間もありました。
初めての給料
働き始めて1ヶ月、初めて給料をもらう日が来ました。
「一日大体4時間働いて、週2回の勤務。勤務時間は少ないけど、時給500円で考えても、500円×4時間×8回で1万6000円だぜ。ぐへへ」なんて思っていたら、給料(工賃というらしい)は何と驚きの安さ2000円未満でした。たとえ2000円だったとしても時給にして62.5円です。「うわっ…私の給料…低すぎ…?」なんてもんじゃないですよ。
と、話はそこで終わらず、ここから昼食代と車での送迎代が差し引かれます。
昼食代は一日500円。送迎代も1往復500円だったと思います。
さてそこで、先程の給料から、これらの費用を引くと月の収入は、マイナス6000円ぐらいでした。昼食は、食べさせてもらっているんだからいいとして、それを差し引いてもマイナス2000円オーバーです。交通費の分だけ損をします。
働いて、お金を得るつもりで行ってたはずなんですが、働けば働くほどマイナスになるという不思議な状態に…。
「月給-6000円…。」
その後、かなりモチベーションが下がったのは言うまでもありません。
障害者作業所の給料(工賃)については以下に詳しく書いてあります。
辞めたきっかけ
とりあえず、一旦引き受けたことだったので、この後1年弱くらいは通ったと思います。週2回、5時間だけでしたし、みんないい人だったので、働くというよりは、ボランティアみたいな感覚でした。
辞めたきっかけは、僕が褥瘡になったからです。褥瘡というのは、「椅子に長い間座っているとケツが痛くなりますよね?それが、もっと酷くなった治りにくい傷」みたいなもんです。
その褥瘡で休みだしてから、ふと「自分は、お金を払って体を壊して何をしているんだろう…」と考えたら、もう行く気がしなくなりました。
最初から、ボランティアで行っていれば、こうはならなかったかもしれません。まがりなりにも「働かないか?」と誘われ、働くという心持ちでいた僕には、「お金を払って働く」という不条理には、どうしても耐えられなくなりました。
結局、辞めるまでの1年近くの間に毎月6000円~8000円ぐらい支払って行っていたと思います。途中、何かの祭りの影響で作業所の売り上げが上がった月だけ1回、プラマイゼロのときがあったというくらいです。
※基本的に、売上が上りにくいビジネスモデルな上、収益からコストと職員の給料(給料もほとんど行政の補助金から出ていた)を差し引いて残ったものを、利用者すべてで折半なので仕方のないことだと思います。職員が搾取しているので少ないわけではないですよ。
作業所で働いてよかったこと
作業所に行って、いろいろ学ぶことがありました。その中でも仕事に関するものに絞ると主に次のようなことを学びました。
- お金を稼ぐ大変さを改めて知ったこと
- 特に障害者が稼ぐことの大変さを知れた
- もし、何か誘われることがあったら、たとえ知り合いでも、お金のことはきっちり話しておくこと
- 重度障害者が働いてプラスの収益が出るのはありがたいことを知った
これらの身をもって知った教訓は、今でも生きています。
僕はこの後、自分のフリーソフトのサイトやブログなどに広告を貼ったりして収益を得ることになるんですが、最初の数ヶ月は、ほとんど儲かりませんでした。最初の数ヶ月は100円未満といった感じです。
それでも何ヶ月かすると、年のサーバー代4000円ぐらいは、稼ぐことができました。なんせ月300円ちょっと稼げばいいわけなんで。そんな微々たる報酬でも、とりあえずマイナスではありません。毎月、6000~8000円を支払って仕事をしていた僕にしてみれば、報酬がなかなか上がらないということはあまり苦になりませんでした。
その後、月に1000円、5000円、1万円、3万円以上…と収益が上がるようになると、自分にしてみれば革命みたいなもんですよ。「マイナスがプラスになった!」みたいなもんで。
とりあえず、サイト広告をやっている限りでは、まずマイナスになることはないので、たとえ収益が上がらなくても「マイナスよりはまし」と思えるようになりました。
こういう考え方が出来るようになったのはよかったなと思っています。
その後、ブログを始めた続き。
記事の作業所は、左派系のところですね。作業所といってもピンキリなのでもっと
まともなところを選びましょう。ヤマト運輸の小倉 昌男さんについて調べてください。
身体障碍者の各種団体の主な支持政党は左派系(旧日本社会党・日本共産党)です。
左派系は社会的弱者を主な基盤としています。そう、貴方たちのことです。
障碍者は、『票田』です。
つまり、常に弱くて社会に虐げられている存在でないと彼らが困ってしまいます。
なぜなら、票が逃げてしまうからです。
以上