ホリエモンが刑務所内で読んで滂沱の涙を流したという、重松清(著)「とんび」を読んでみた

重松清著「とんび」

先日、ホリエモンの本「ゼロ」を読みました。

ホリエモンは、刑務所に収監中1000冊もの本を読んだそうで、その中でも最も印象に残っている本が重松清さんの「とんび」だそうです。「ゼロ」の中でもこのように語られています。

刑務所に収監されていた間、僕は1000冊に及ぶ本を読んだ。小説からノンフィクション、伝記物から歴史物、ベストセラーからマニアックな学術書まで、せっかくの機会だと思ってとことん読み漁っていった。

その中で、僕がもっとも感動した小説はなにか?これは間違いなく、重松清さんの『とんび』である。

NHKとTBSでそれぞれドラマ化されたこともあり、読んだことのある人も多いだろう。収監中の感傷的な気持ちも手伝ってか、本を読んでこれほど泣いたことはない、というくらい滂沱の涙を流した。

僕が今回、「とんび」を読んでみようと思ったのも、「あのホリエモンが、これほどまで泣いたという小説って一体どんな話なんだろう?」と興味を持ったからです。

この物語の舞台となるのは、高度経済成長期の瀬戸内海に面した広島県のとある町。運送会社でトラック運転手として働く安男(ヤスさん)とその息子の旭(アキラ)との親子の関係をテーマにした小説です。

冒頭ヤスさんは、妻・美佐子に子供が生まれるということで、ウキウキでオート三輪をぶっ飛ばすところから物語は始まります。待望の長男が産まれるということで好きだった酒を断ち、ギャンブルも断って、ようやく出産の日を迎えて生まれてきたのがアキラです。幼い頃に、両親と離れてしまったヤスさんにとって、ようやく掴んだ幸せ、本当の家族です。

しかし、妻との突然の別れ(妻の死)によって、その幸せは脆くも崩れ去ってしまいます。ここから父子2人の物語が始まります。

失意のどん底の中からヤスさんは、周りの人の力もあって何とか立ち上がります。その後、アキラは周囲から「とんびが鷹を産んだ」と言われるほど、素直で賢く純真な子供に育っていき、かけがえのない宝物になります。

けれども、小学生までは素直で純真無垢だったアキラも中学で反抗期を迎え、高校に入ってからは、早々に東京の大学に進学することを決めてしまいます。その後、父子関係がギクシャクしたままアキラは上京。大学を卒業した後も、アキラは田舎に帰ることはなく、そのまま東京の出版社に就職を決めてしまいます。そして、ヤスさんにとっては意外な女性との結婚…。といった感じで、頑固で不器用な父親と、親元を離れ自立する息子の物語です。

僕はこの作品をとても楽しく読みました。「子供が生まれる前の父親ってこんなことを感じていたのかな」とか「反抗期こんな感じだったわー」とか思いながら。ただ、ホリエモンのように滂沱の涙を流す事だったかというと、そこまでではありませんでした。

これには、理由が2つあると思います。まず一つ、僕には子供がいないこと。(ホリエモンは離婚歴があり、息子がいます。離婚してから会っていないそうです。)父親ではない僕には、ヤスさん(父親)の感情を「へぇそうなんだー」とは思いますが、共感はできなかったということです。何せ、父親になったことがないのだから出来ようがない。

そしてもう一つは、僕が親元を遠く離れての生活はしたことがないということです。ホリエモンは、福岡県の出身で東京大学に進学していますから、アキラに過去の自分を重なる部分もあります。

ホリエモンは、そういった過去の経験から、小説と自分とが重なり涙したようです。

ちなみに、ホリエモンの一番の泣き所は、アキラが上京していくシーンだったそうです。「ゼロ」にもこのように書かれています。

特に、アキラが上京していく別れのシーンでは、涙でページが見えなくなるほど泣いてしまった。こうして思い出すだけでも目頭が熱くなってくる。

確かに、ここは本当にいいシーンでした。僕の中にも、ジーンとくるものがありました。

今回読んだ「とんび」、昭和の時代の「父親と息子の物語」として、とても面白かったです。

子供のいない僕でさえ、続きが気になり一気に読んでしまったので、子供がいる人にはもっと何か感じるものがあるのではないかと思います。それに加えて、昔都会に上京したことがある人なんか読むと、さらに脳内で化学反応が起こって、滝の涙が流れてしまうなんてこともあるのかもしれません。

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